お勉強ブログ

読んだものの記録です

1月に読んだ主な論文

①法学一般

・山本展彰「法的因果関係論の法理学的再検討――ハート=オノレとその批判者を中心に(1・2)」阪大法学68巻6号(2019年)1341-1364頁、69巻1号(2019年)91-103頁★★☆☆☆

コモンロー圏で支持されているというハート=オノレ『法における因果性』の概要とそれに対する批判的見解を紹介し、後者に軍配を上げる紹介論文。ハート=オノレの見解は要するに「常識的に考えろ」というもののようだが、ハート=オノレが提示する常識的な帰結は日本法における常識的な帰結とはたとえば第三者の介在事例などにおいて異なるようであり、常識や直観に訴えかける議論の難しさを感じた。

・馬場健一「「くじ引き」を統治制度の現実から考える」論究ジュリスト31号(2019年)155-162頁★★★☆☆

先行研究と日本の選挙制度などからくじ引きの効用を理論的に提示したうえで、裁判員裁判の選出とパラレルに立法府の構成員をくじ引きで選出することが正当化されるかを検討する論攷。丁寧な議論。

・大西楠・テア「「くじ引き」の合理性」論究ジュリスト31号(2019年)148-154頁★★★☆☆

くじ引きを決定に利用することの合理性について、ドイツ法の例を検討する論攷。「平等原則に違反しないために国家の決定から主観的恋意(subjektive Willkür)を排除しようとすると、決定のジレンマに陥らない唯一の方法として客観的恣意である偶然への依拠が不可欠になるという逆説が生じる」というのは一つの考え方として面白かった。

以上2篇を読んでいて思い出したが、くじ引きの合理的利用という点では、岡成玄太「遺産分割の前提問題と固有必要的共同訴訟――その比較法的研究」東京大学法科大学院ローレビュー9巻(2014年)3頁が、フランス法での遺産分割における抽籤の利用について精緻な分析を提供している。

 ・稻谷龍彦「経済学的方法(1・2)」法セミ780号(2020年)104-109頁、781号112-117頁★★★☆☆

法学の諸分野に与える影響を強めつつある経済学的方法についての概観。刑事学との関係での具体例が興味深い。しかし、効用計算のための「普遍的な秤を制度設計者が持つことができるのか、あるいは持つべきなのかという問題」や刑事司法運営に関係する各種のエージェントが「効率的な刑事司法制度運営のために求められる複雑な計算を実施できないのではないか、という問題」が経済学的方法による刑事学に「特有の限界」なのかはよくわからない。いずれにせよそうした問題は生ずるところ、経済学的方法がそうした問題の所在をもっとも先鋭的なかたちで示していると考えることもできるのでは。

・浅野有紀「「法多元主義――グローバル化の中の法」提題趣旨」法哲学年報2019年号(2019年)1-9頁★★★☆☆

「現代のグローバル化時代における法の在り方の変化を、「法という現象における国家法と非国家法の併存」として記述的に解明しようとする試み」(3頁)としての法多元主義の導入的論攷。法多元主義の論点がコンパクトにまとまっており出発点として参照するのに便宜か。

・原田大樹「社会の中の法学」法時92巻1号(2020年)22-27頁★★★☆☆

法学の特色を権利・義務に立脚する点、法的三段論法を用いる点、規範と事実を峻別する点という3点に求めたうえで、法学の意義を紛争の解決と予防という観点から考察する論攷。

憲法
2.1. 総論

・江藤祥平「憲法:個人として、そして国民として在るということ」法時92巻1号(2020年)36-41頁★★★☆☆

憲法に関する法教育で伝えるべき事柄を個人であることと国民であることの2点としたうえで、法教育推進協議会の作成した教材を題材に、立憲主義、実体的正義と手続的正義の区別、平等論についての概観を得ようとする論攷。


2.2.4.3 マスメディアの自由

・西土彰一郎「取材・報道の自由を語る作法」法時92巻2号(2020年)86-91頁★★☆☆☆

「中立」という言葉には、①どちらにも加担しないという意味と②右と左と意見が2つあるときにその真ん中をとるという意味の2つの意味があるという加藤周一の理解を報道機関に当てはめ、報道機関は守るべき①の中立を守らず、捨てるべき②の中立に従っており、取材・報道の自由の作法を尊重擁護していない、と論ずる論攷。

歴史的な事柄が並べられているが、全体として論証がない。たとえば、②の中立については、「これより右にはいかない、これより左にはいかないという原理」、「動かない定点」を決めることが重要だとされ、報道機関についてはそれが取材・報道の自由、さらに反戦だとされるが、取材・報道の自由の右と左が何なのかそもそも不明であり、かつ、なぜ取材・報道の自由反戦が定点とされるべきなのかについては、前者については加藤周一が引用され、後者については「15年戦争のときのメディアの姿勢」が援用されるのみで、実質的には論証されていない。

3.3.1 天皇の作用

・栗田佳泰「憲法学説のなかの天皇制」法時92巻1号(2020年)108-110頁★★☆☆☆

憲法学説の理論構成の当否の判定者はもっぱら社会一般であるとする宮沢俊義の見解を基礎として、天皇制を論ずる憲法学説のエリート的な部分と非エリート的な部分とを対比する掌篇。「「社会一般」=「受け手」が「判定」者であるとは、その視点を学説が内在させるべきことを意味しよう。その視点を欠いた学説は、「社会一般」の支持(しようと)する天皇制を、はたして捉えられているのであろうか」という疑問で閉じられるが、そもそも理論構成の当否がもっぱら社会一般により判定されるという前提それ自体は論証されていないため、その前提を共有しない者には響かない。

・坂井大輔「憲法学における天皇論の位置」法時92巻1号(2020年)111-116頁★★★☆☆

戦後憲法学は現行憲法に適合的な天皇制のイメージを積極的に提示してこなかったし、また、することができなかった、その背景を戦前の穂積八束美濃部達吉の対抗関係を軸として描き出す論攷。穂積と美濃部については理解できたが、戦後憲法学が天皇制のイメージを積極的に提示してこなかったという理解の根拠はよくわからなかった。

・「憲法の規整力」研究会「〈ディスカッション〉戦後憲法学における天皇像の不在?」法時92巻2号(2020年)112-120頁

上記2論文に関するディスカッション。坂井論文への憲法学者の疑問は説得的だと思ったが、議論はあまり噛み合っていない。

3.2.2.5 防衛作用

・長谷部恭男「「不敗の民兵」神話」早稲田大学法務研究論叢4号(2019年)1-16頁 ★★☆☆☆

アメリカ合衆国憲法修正2条が制定当時においては共和政体防衛のための民兵の集団的権利を保障するものと解されていたこと、その前提として、人民主権論との接続を意識しつつ、常備軍よりも民兵が強力だと考える伝統がイングランドに存在したこと、しかし、そうした伝統は事実に即したものではないことを論ずる論考。最後には日本の憲法との関係が論じられる。丸山眞男福田歓一らが上記のような英米の思想潮流を把握していたであろうことから、「憲法学徒も多かれ少なかれその影響を受けたであろうことが考えられる」とする点は諒解可能だが、だからどうしたということは書かれていない。同様に、生存権と財産権とで憲法上の保障の程度が異なるとする一般的な傾向が、「財産を保有する一般市民の政治参加が共和政体と人民の自由を支えるとのフォーテスキューにまで遡りうる暗黙の通念と全く無関係であるとも考えにくい」とされるが、ここは本当にそうなのかよくわからないし、それが何を意味するのかも明らかにされない。「思想の源流へと遡り、それが生み出された独特の文脈を知ることにも意義がないわけではない」(16頁)ことをよりわかりやすく示してほしい。

3.2.2.6 恩赦作用

・児玉圭司「わが国における恩赦制度の歴史」法セミ781号(2020年)6-10頁★★★☆☆

古代から現代に至るまでの日本の恩赦制度について簡潔にまとめた論攷。

行政法

1.1.3 行政法学の方法史

・岡田正則「「六法」という思想――ナポレオン五法典・行政法典と近代法継受に関する覚書」早稲田法学94巻4号(2019年)149-177頁 ★★☆☆☆

フランスにおけるN法典(Nは自然数)という呼称の歴史を辿り、それが明治期の日本で参照されることにより「六法」に変化したこと、「六法」という観念がさまざまな問題を孕むものであることを指摘する論文。この論文の白眉は171頁以下の「六法」観念の問題点の指摘であろうが、そこでの指摘はそれぞれは興味深いものの、論証はルースであり、印象記の域を出ない。

・官田光史「戦時行政法のなかの戒厳――田中二郎を中心に」北海学園大学法学研究55巻2号(2019年)123-143頁★★★★☆

東大に保管されている田中二郎関係文書を利用して、戦中の田中による戦時行政法研究、特に法律案作成への関与の具体的内容を明らかにする論攷。美濃部門下の自由主義者というイメージからはかけ離れた戒厳司令官の強権を認める田中の姿を描きつつも、一縷の自由主義性をも見出そうとしている。

2.2.3 行政による施設・組織管理権

・首藤重幸「公物訴訟判決後の条例等の改正の法的検討」早稲田法学94巻4号(2019年)297-330頁 ★★☆☆☆

具体的事件を契機に公物関連規則・条例が改正された2つの事案につき、条例の改正過程における議会審議などを題材としてその問題点を検討する論文。

金沢市庁舎前広場事件については、第一審及び控訴審判決よりも狭い範囲でのみ広場の使用を認める趣旨の規則改正がなされたことを批判している。しかし、判決の「判示部分を市は誤解し」(312頁)としているが、敢えて判決とは異なる規定をしたのではなく、判決を誤解したことの根拠は示されていない。また、そのような規則改正が不適切であることの実質的根拠も示されていない。世田谷区二線引畦畔事件についても、条文それ自体からは出てこない、改正趣旨の説明や委員会における議論を捉えて批判を加えているが、それが生産的な議論なのかよくわからない。論文末尾に条例について制定や改正の過程における議論に注目すべきと著者が考えるに至ったきっかけ(東京都銀行税事件での都知事の態度)が挙げられているところ、主観的にはそのような動機づけがあることは理解できたが、それで何かが論証された感じはしない。

3.2.3.2 行政制裁

・前田雅子「判批(最判平成30年12月18日)」民商165巻5号(2019年)79-94頁 ★★★☆☆

勤労収入についての適正な届出をせずに不正に保護を受けた者に対する生活保護法78条に基づく費用徴収額決定に係る徴収額の算定に当たり、当該勤労収入に対応する基礎控除の額に相当する額を控除しないことは、違法であるとはいえないとした判決の評釈。

同条に基づく徴収については基礎控除を認めないことにより当該徴収に受給者の義務違反に対する制裁としての性格を認めようとする判旨には、「法78条の文意には反しており、また、保護制度の悪用防止という目的から徴収権が付与されているという法78条解釈だけでは、制裁的な不利益措置の根拠としては十分ではない」と批判的。また、制裁としての趣旨が明瞭化された現行78条についても、「制裁としての位置づけは、責任主義の妥当性、主観的事由による免責等を認める法78 条1項解釈を帰結し、さらには事前
の意見陳述手続を整備する立法措置を要請するであろう」と慎重な態度を示す。しかし、制裁であるという性質決定からそこまでのことが演繹されてきたのであろうか?

3.2.4.2 公表

・天本哲史『行政による制裁的公表の法理論』(日本評論社、2019年)★★★☆☆

行政による公表のうち制裁的な効果をもつものについての網羅的かつ体系的な整理を提示しようとする著作。単行本にまとめるにさいして記述を整理していないのか記述の重複がかなり存在するうえに、初出論文との関係がよく分からない(たとえば第3章注11ではその章の初出論文とされている論文を参照せよとの指示がなされている)箇所が多いこと、論理の飛躍や誤記が散見されること、さらに、山本隆司「事故・インシデント情報の収集・分析・公表に関する行政法上の問題(下)」ジュリ1311号(2006年)181頁などの重要な論文が参照されない(そのため、たとえば既にそこで実際の適用の難しさが指摘されている利益衡量の適用を素朴に主張する)ことといった問題はあるが、先行研究と立法例や裁判例を広く渉猟した労作。

6.1.2.6 違法性と故意・過失

・府川繭子「フランスにおける憲法違反の法律に起因する損害の国家賠償責任」早稲田法学94巻4号(2019年)511-550頁 ★★☆☆☆

QPCの定着により理論的には可能となったフランスにおける違憲国賠に関する学説上の議論と、違憲国賠を当然には排除しないことを示したとみられる国務院の判決を中心とする裁判例の動向を検討する論文。Ducharmeという人物のテーズを基礎とするもので、同地における議論状況が明快に示されているので勉強になる。しかし、なぜそうなのか、比較の見地からはどうか、といった批判的な位置づけは基本的にない。たとえば、「フォート自体は、損害賠償の結論に影響を与えることはない」(534頁)とされるにもかかわらず、なぜ「フォートによる責任であるのかが議論され続けている」(534頁)のかは説明されない。筆者は後者が前者の徴憑であるかのような書き振りだが、上に書いたように両者は逆接で結ぶこともできる。また、日本の国家賠償法を知る目からはそこで描かれた因果関係論がかなり錯綜したものにみえるが、それに対する批判的検討もない。

6.1.3.3 設置管理の瑕疵

・角紀代恵「高速道路と民法717条の責任――国家賠償法2条との交錯」瀬川信久ほか編『民事責任法のフロンティア』(有斐閣、2019年)549-566頁★★☆☆☆

道路公団の民営化に伴い上下分離方式が採用された高速道路の所有と管理について、民法717条が課す所有者の責任を機構が負うべきかを検討する論攷。①所有者責任を所有者としての地位に結び付けられたものと解すると、この責任は所有者ではなく工作物自体が負う物的責任になるはずと解したうえで、②717条1項但書は所有者に工作物を限度とする有限責任を課すものではないから、同項が所有者に課す責任は所有権ではなく工作物に対して有する事実的支配を根拠にする責任であるとしているが、この717条解釈が説得的なものかが判然としない。①は論理必然ではないし、②も事実的支配の意味するところが曖昧。また、高速道路管理につき717条が適用されると、会社が損害の発生を防止するのに必要な注意を怠ったことにつき立証活動を原告が強いられるため、国賠法2条の方が原告の負担が小さいとするが、管理瑕疵の局面を考えると国賠法2条でも同様のことを実質的には立証しなければならないはずで、この点も論旨がよく分からない。

判例評釈
・髙木光「判批(最判平成29年12月6日)」自治研究96巻1号(2020年)136-144頁★★★☆☆

最判平成29年12月6日の評釈。放送法64条をめぐる論点の概観、同判決の法廷意見や鬼丸補足意見が「認可=補充行為説」に適合的であること、放送法全体の規律密度に考慮すべき問題があることの指摘など。

・髙田実宗「判批(最判平成29年9月14日)」自治研究96巻1号(2020年)125-135頁★★★☆☆

最判平成29年9月14日の評釈。判決それ自体というよりも、判決を契機として「自治体による新たな公課の創設という問題に着目」(130頁)するもの。

佐々木泉顕=岸本明大「判批(最判平成30年11月6日)」判自450号(2019年)4-7頁★★☆☆☆

最判平成30年11月6日の評釈。

・中山慈夫「判批(最判平成30年11月6日)」ジュリ1538号(2019年)123-126頁★★★☆☆

最判平成30年11月6日の評釈。懲戒権の逸脱・濫用の要件事実的整理と射程に関する実務的な感覚の提示に特徴がある。

・三宅知三郎「判解(最判平成30年12月18日)」ジュリ1540号(2020年)79-82頁★★★☆☆

最判平成30年12月18日に関する時の判例

・浅妻章如「判批(最判平成30年12月18日)」ジュリ1532号(2019年)10-11頁★★★☆☆

最判平成30年12月18日の評釈。生活保護法上の基礎控除の性質を給与所得控除と対比する点が興味深い。

・横山浩之「判批(最判平成30年7月19日)」法時91巻12号(2019年)136-139頁★★★☆☆

最判平成30年7月19日の評釈。定年後再任用と定年前の雇用との継続性を認め、それを理由として審査密度の向上を主張する。